笑いを生じ、かつ賢き忠言によって人生を教える書物は二重の喜びである(ファエドルス)


by schoolforpatriot

[再掲]終戦の日

初等科の皆さん、お元気ですか?。園長の真・愛国無罪です。

今日は終戦記念日です。

今から65年前、昭和20年(1945年)8月15日の12:00に昭和天皇の終戦の詔勅が全国にラジオで放送されました。


http://www.youtube.com/watch?v=1XMja7jwtV4




テキスト 終戦の詔勅(玉音放送)

http://namaste.sakura.ne.jp/syusen.html

朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ茲(ここ)ニ忠良ナル爾(なんじ)臣民ニ告ク朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ

 抑々(そもそも)帝国臣民ノ康寧ヲ図リ万邦共栄ノ楽ヲ偕(とも)ニスルハ皇祖皇宗ノ遺範ニシテ朕ノ拳々(けんけん)措カサル所曩(さき)ニ米英二国ニ宣戦セル所以(ゆえん)モ亦(また)実ニ帝国ノ自存ト東亜ノ安定トヲ庶幾(しょき)スルニ出テ他国ノ主権ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固(もと)ヨリ朕カ志ニアラス然(しか)ルニ交戦已(すで)ニ四歳ヲ閲(けみ)シ朕カ陸海将兵ノ勇戦朕カ百僚有司ノ励精朕カ一億衆庶ノ奉公各々最善ヲ尽セルニ拘ラス戦局必スシモ好転セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス加之(しかのみならず)敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ頻ニ無辜(むこ)ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所真ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ尚交戦ヲ継続セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス延(ひい)テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ斯(かく)ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子(せきし)ヲ保シ皇祖皇宗ノ神霊ニ謝セムヤ是レ朕カ帝国政府ヲシテ共同宣言ニ応セシムルニ至レル所以ナリ

 朕ハ帝国ト共ニ終始東亜ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ対シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス帝国臣民ニシテ戦陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃(たお)レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ五内(ごだい)為ニ裂ク且(かつ)戦傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念(しんねん)スル所ナリ惟フニ今後帝国ノ受クヘキ苦難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ衷情(ちゅうじょう)モ朕善ク之ヲ知ル然レトモ朕ハ時運ノ趨(おもむ)ク所堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス
 
 朕ハ茲ニ国体ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚(しんい)シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若(も)シ夫(そ)レ情ノ激スル所濫(みだり)ニ事端ヲ滋(しげ)クシ或ハ同胞排擠(はいせい)互ニ時局ヲ乱リ為ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム宜シク挙国一家子孫相伝ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ総力ヲ将来ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤(あつ)クシ志操ヲ鞏(かた)クシ誓テ国体ノ精華ヲ発揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克(よ)ク朕カ意ヲ体セヨ

  御 名 御 璽

  昭和二十年八月十四日
                                各国務大臣副署



口語訳

私は深く、世界の大勢と日本の現状とを照らし合わせて考え、非常の措置をもって今の情勢を収拾しようと思い、忠実で善良なるあなた方日本国民にお知らせする。
私は、アメリカ・イギリス・中国・ソビエト連邦の4国に対して、それらからの共同宣言(ポツダム宣言)を受け入れることを、日本政府に通告させた。
そもそも、日本国民が平穏無事であろうとし、世界各国が共に繁栄していくことは、天皇家の先祖からの願い続けていることであって、前にアメリカ・イギリスの2国に宣戦した理由も、真に日本の自存と東アジア諸国の安定とを強く望んでいたからであり、他国の主権を排除したり、領土を侵略したりするようなことは、もとより私の思いではなかった。
ところが戦争を始めて4年の歳月が経過し、私の兵士たちの勇戦、私の臣下たちの頑張り、私の国民たちの奉公、おのおのが最善を尽くしたにもかかわらず、戦局は好転しないばかりか、世界の大勢もまた日本には不利な状況である。
それだけではなく、敵は新たに残虐な爆弾(原子爆弾)を使用して、しきりに罪のない民を殺傷し、惨害の及ぶ状況は、じつに測りきれないほどである。
しかもこのまま交戦を継続したとしたら、ついには日本民族の滅亡と言う事態を招くだけではなく、ひいては人類の文明もめちゃめちゃになることである。
そのようなことになれば、私はどのようにして日本国民を守り、天皇家先祖の霊前に謝罪すればよいのだろうか。
この様な思いから、私は日本政府に共同宣言に応じさせることにしたわけである。
私は日本と共に、終始東アジア諸国の開放に協力してくれた各国に対して、お詫びの気持ちを表さなければならない。
日本国民に対しても、戦死したり、殉職したり、天命を全うぜずに死んでいった国民達、そしてその遺族のことを思うと、我が身が引き裂かれんばかりの思いだ。
かつ、戦傷を負い、戦災をこうむり、家業を失った者達の暮らしについて、私はとても心配している。
思うに、今後の日本が受ける苦難は、言うまでもなく尋常なものではない。
あなた方日本国民の真心は、私もよく知っている。
しかしながら私は時運の赴くところ、堪え難いことに堪え、忍び難いことを忍んで、将来の為に太平の世を開こうと思う。
私はここに、国体を守り、それを得て忠実で善良なるあなた方日本国民のうそ偽りのない誠の心にたより、常にあなた方日本国民と共にある。
もしあなた方が、激しい感情のまま、むやみに事端をおかしくしたり、あるいは国民同士で陥れあい、互いに情勢を乱れさせ、そのために人としての道を誤って、世界に対しての信義を失うようなことは、私が最も忌むべきこととして嫌うものである。
どうぞ、一国全体、一家、子孫にまでこの私の思いをひろく伝え、日本の不滅をかたく信じ、仕事は重く道は遠いと思い、総力を将来の建設に傾け、心を込めて人の踏み行うべき正しい道を進み、堅く守ってかえない志をしっかり持ち、誓って国体の真価となるべきところを高くあらわし、進歩発展する世界に後れをとるまいという決意を持って欲しい。
日本国民よ、どうぞ私の言うことを理解してこれからを行動しなさい。




日本は第二次世界大戦において軍人・民間人含めて300万人が亡くなられ、それ以上の人々がけがをし、財産をなくし、肉親を失いました。

そして、残念なことに大多数の日本人が戦後、日本の復興に取り組んでいる一方で

>むやみに事端をおかしくしたり

>国民同士で陥れあい

>互いに情勢を乱れさせ

>人としての道を誤って、世界に対しての信義を失う

ような昭和天皇が最も嫌うことをする者もいました。

そのため、金銭的・物質的に豊かでもそればかりに囚われて精神が未熟な人を増やす結果となりました。

昭和天皇陛下も

>日本の不滅をかたく信じ

>仕事は重く道は遠いと思い

>総力を将来の建設に傾け

>心を込めて人の踏み行うべき正しい道を進み

>堅く守ってかえない志をしっかり持ち

>誓って国体の真価となるべきところを高くあらわし

>進歩発展する世界に後れをとるまいという決意を持って欲しい

こう言っておられます。

皆さん、日本は金銭的・物質的には十分豊かになりました。

これからは我々の父祖がやり残した日本が自らの手で国防を完遂できる国、自らの手で国の在り方を変えられる国、自主的に国益を追求できる国になるようにしましょう。

このように国家を運用できる教養と勇気がある国民を育てましょう。


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by schoolforpatriot | 2010-08-15 12:00 | 初等科
初等科の皆さん、お元気ですか?。園長の真・愛国無罪です。

今日は「君が代の日」です。

一燈照隅/国歌「君が代」の日

http://blog.goo.ne.jp/misky730/e/a390ce48b6f3c9721cae1cdde8d27b25

<引用開始>

1893(明治26)年、文部省告示「小学校祝祭日大祭儀式規定」が公布され、小学校の祝日・大祭日の唱歌に『君が代』『一月一日』『紀元節』等8曲が定められた日です。
法令として国歌に制定されたわけではありませんが(ママ)、「君が代」は日本の国歌として扱われてきました。
世界の国の国歌と比べてこれほど良い国歌は無いでしょう。


<引用終了>

8月12日は「君が代」という歌が完成した日ではなく祝日・祭日の唱歌として定められた日です。

では歌いましょう。

君が代は
千代に八千代に
さざれ石の
巌となりて
苔のむすまで



また、今から25年前の今日、昭和60年(1985年)8月12日に日本航空の旅客機が御巣鷹山(正確には高天原山)に墜落しました。

Wikipedia/日本航空123便墜落事故

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%88%AA%E7%A9%BA123%E4%BE%BF%E5%A2%9C%E8%90%BD%E4%BA%8B%E6%95%85

<引用開始>

日本航空123便墜落事故(にほんこうくう123びんついらくじこ)とは1985年8月12日18時56分、日本航空(当時)123便、東京(羽田)発大阪(伊丹)行ボーイング747SR-46(「ジャンボジェット」、機体記号JA8119)が群馬県多野郡上野村の高天原山に墜落した事故である。

<引用終了>


この事故で乗員524名のうち520名が亡くなられました。

航空事故調査委員会が結論付けた事故原因は以前に当該機が着陸した時に機体後部が滑走路に接触して圧力隔壁が損傷し、そのときのボーイング社の修理が十分でなかったために高高度で飛行中に修理箇所が圧力隔壁内と外の圧力差に負けて再び損傷し、隔壁内の空気が急激に漏れた。

その勢いで垂直尾翼が破壊され、機体は操縦不能に陥り、墜落した。

日本航空123便墜落事故で亡くなられた方に黙祷を捧げましょう。

黙祷!

さらに32年前の今日、昭和53年(1978年)8月12日には大変な事件が起きました。

曽我ミヨシさん、曽我ひとみさん親子、市川修一さん、増元るみ子 さんが北朝鮮によって拉致されました。

Wikipedia/北朝鮮による日本人拉致問題

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E6%8B%89%E8%87%B4%E5%95%8F%E9%A1%8C

彼らを32年も救い出すことができなかったことは大変残念です。

このような犯罪行為を犯して恬として恥じることがない北朝鮮という国を断じて許してはなりません。

彼らを救出することは

日本国民に課せられた義務です!

立てよ国民!

http://www.youtube.com/watch?v=nYRxiNAz5nw&feature=player_embedded

今こそ日本国を縛る

日本国憲法という名の鎖を引きちぎれ!

TAKE MY SOUL FOREVER(14:17~)




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by schoolforpatriot | 2010-08-12 00:00 | 初等科

長崎原爆忌 ver. 2.0

初等科の皆さん、お元気ですか?。園長の真・愛国無罪です。

今日は長崎に原子爆弾が投下されて65回目の原爆忌です。

今から65年前、昭和20年(1945年)8月9日の11:02、長崎に原子爆弾「ファットマン」が投下されました。

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詳しい内容については
Wikipedia/長崎市への原子爆弾投下
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E5%B4%8E%E5%B8%82%E3%81%B8%E3%81%AE%E5%8E%9F%E5%AD%90%E7%88%86%E5%BC%BE%E6%8A%95%E4%B8%8B

を見ていただくとして、

原爆で亡くなられた方に黙祷を捧げましょう。

黙祷!

原爆の犠牲者の方々は本当に今まで安らかに眠れていたでしょうか?

竹島を不法占拠され、数百人の人が北朝鮮に拉致され、尖閣諸島では排他的経済水域をシナに侵されているこの現状で・・・。

「核兵器が二度と使われるようなことがあってはならない」という思いはわれわれ愛国者と「サヨク」と巷で呼ばれている人々も同じだと思います。

ですが、肉親や愛する人と死に分かれても、どんなに深い心の傷を負っても捨ててはならない物があるはずです。

被災者や「サヨク」と巷で呼ばれている人々は戦争に巻き込まれたくないという思いから他国の工作員にたぶらかされてそれら「(国を含む)公に尽くす心」「(愛する者を含む)同胞をと協力し合い、愛し合う心」を投げ捨てているように見えます。

それらを投げ捨て、自分勝手に生きている被災での生存者やその子孫たちの姿を見て犠牲者の方々が安らかに眠れるはずはありません。

「真」の安らぎを原爆の犠牲者の方々に捧げようではありませんか。

決して

http://www.youtube.com/watch?v=Cj-CSc3i8iI

このような黙祷の時間に黙祷を捧げず=死者への哀悼の意を示さず、手前勝手な政治的主張のシュプレヒコールをしてはいけません。


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by schoolforpatriot | 2010-08-09 11:02 | 初等科

広島原爆忌 ver. 2.0

初等科の皆さん、お元気ですか?。園長の真・愛国無罪です。
今日は広島に原子爆弾が投下されて65回目の原爆忌です。

今から65年前、昭和20年(1945年)8月6日の8:15に広島に原子爆弾「リトルボーイ」が投下されました。

たった1発の原爆が3,000~4,000℃の熱と音速を超える風速・350万パスカル(1平方メートルあたりの加重が35トン)の風圧の爆風によって広島を壊滅させ、10万人を超える死者を出しました。戦後も放射線障害によって亡くなられたり病気に苦しんでいる人がいます。

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詳しい内容については

Wikipedia/広島市への原子爆弾投下

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%83%E5%B3%B6%E5%B8%82%E3%81%B8%E3%81%AE%E5%8E%9F%E5%AD%90%E7%88%86%E5%BC%BE%E6%8A%95%E4%B8%8B

を見ていただくとして、

原爆で亡くなられた方に黙祷を捧げましょう。

黙祷!

原爆死没者慰霊碑には『安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから』と刻まれているそうです。

原爆の犠牲者の方々は本当に今まで安らかに眠れていたでしょうか?

竹島を不法占拠され、数100人の人が北朝鮮に拉致され、尖閣諸島では排他的経済水域をシナに侵されているこの現状で・・・。

「真」の安らぎを原爆の犠牲者の方々に捧げようではありませんか。

決して

http://www.youtube.com/watch?v=Cj-CSc3i8iI

このような黙祷の時間に黙祷を捧げず=死者への哀悼の意を示さず、手前勝手な政治的主張のシュプレヒコールをしてはいけません。


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by schoolforpatriot | 2010-08-06 08:15 | 初等科

大勝利の日 第三部

(大勝利の日 第二部 からの続き)
日本海海戦の詳しい内容は
Wikipedia/日本海海戦
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%B5%B7%E6%B5%B7%E6%88%A6
や「坂の上の雲」を読んでもらうとして、
日本はこの戦争での日本海海戦を含む数々の戦いに辛くも勝利し、アメリカに講和を仲介してもらってポーツマス講和条約を日本に有利な形で締結することによって独立を確固たる物にし、欧米列強と対等の地位を得ました。
日本海海戦&日露戦争の勝利があるからこそ今の日本の独立、繁栄があるのです。

本校/日本史上最大の危機! 黒溝台会戦開始の日
http://blog.livedoor.jp/school_for_patriot/archives/50767914.html
でも書いたとおり、
この戦いに日本が敗れれば朝鮮、満洲、モンゴル、ウイグル、華北は確実にロシア帝国の領土となり、
日本はロシアの属国になり下がっていたでしょう。
チェチェン南オセチアのように国土が絶え間ない戦火に焼かれ、人々が殺戮や暴力におびえるような国になっていたかもしれません。

それを思えば日本海海戦&日露戦争で戦い、亡くなられた英霊の方々に感謝の気持ちがわき上がってくるはずです。

日本海海戦&日露戦争で戦い、亡くなられた英霊の方々
敬礼!



話は変わりますが、今から2年前の今日平成20年(2008年)5月27日、日本海海戦でのバルチック艦隊の艦船と同様に炎上・沈没しはじめた企業があります。
それは
毎日”変態”新聞
です。
毎日新聞問題の情報集積wiki/事件の経緯
http://www8.atwiki.jp/mainichi-matome/pages/71.html
<引用開始>
2008年5/27 日本最大のインターネット掲示板サイト『2ちゃんねる』(以下『2ch』)のマスコミ掲示板で「■毎日新聞の英語版サイトがひどすぎる■」というスレッド (掲示板に投稿された話題の括り) が立つ。
<引用終了>

WaiWaiに猥褻で日本人の品位をおとしめる記事が載っていることを紹介するスレが『2ちゃんねる』に立ち、そのことを毎日”変態”新聞(MDNの1コーナーであるWaiWai)の読者以外の大勢の人に知られたのが2年前の今日です。

園長はこれを知った時、日本海海戦当時の連合艦隊の方々の霊を入れられたような気がしました。
「我々は外なる敵、バルチック艦隊を殲滅した
貴様らは内なる敵毎日”変態”新聞を始めとする反日ファシストどもを
殲滅せよ!
と。

われわれも日本海海戦でバルチック艦隊を全滅させた先人たちに続こうではありませんか!
毎日”変態”新聞の経営を
真っ赤に染め、
右肩下がりに傾かせ、

バルチック艦隊と同様日本を脅かす日本国の敵毎日”変態”新聞
葬り去れ!

そして、5月27日を日本海海戦と並び称せられる
毎日”変態”新聞抹殺革命
Terminating
Mainichi-Group
REVOLUTION
の日とするのだ!



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by schoolforpatriot | 2010-05-27 16:00 | 初等科

大勝利の日 第二部

(大勝利の日 ver. 3.0からの続き)

第三章 勝利の宴

兄、好古との再会を喜ぶ真之

好古:「お~い、真之~!」
真之「兄さ~ん!」
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好古:「よくやった、真之。海戦史上類を見ない完全勝利じゃないか。」
真之「兄さんこそ、数が物を言う陸戦で強大なロシア陸軍を相手に劣勢な騎兵隊で善戦なさったじゃないですか。」
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そして、日露戦争勝利祝賀パーティーが始まった。

RYDEEN/YMO
http://www.youtube.com/watch?v=OFbtVwZ7DX4

ENDLESS RAIN/X
http://www.youtube.com/watch?v=Beujgb0OBeY

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私は嵐/SHOW-YA
http://www.youtube.com/watch?v=T05cUoS_jQg

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よっしゃあ漢唄/角田信朗
http://www.youtube.com/watch?v=F28IiybteqY&feature=player_embedded

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エピローグ

ポーツマス講和条約が成立し、ロシアに帰国するロジェストウェンスキー中将を見送る東郷提督と連合艦隊将兵たち

「ロシア海軍バルチック艦隊司令長官、ロジェストウェンスキー中将閣下に敬礼!」
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(大勝利の日 第三部 に続く)


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by schoolforpatriot | 2010-05-27 08:00 | 初等科

大勝利の日 ver. 3.0

初等科の皆さん、お元気ですか?。園長の真・愛国無罪です。
皆さん、今日は何の日か知っていますか?
今から105年前の今日、明治38年(1905年)5月27日、日本海海戦が行われました。
日露戦争、日本海海戦にいたる経緯は
Wikipedia/日露戦争
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E9%9C%B2%E6%88%A6%E4%BA%89

またはこちらの動画を見ていただくとわかりやすいと思います。




では、日本海海戦前後の経過をわかりやすく画像で説明します。

第一章 苦悩

ロシア帝国皇帝・ニコライ二世に勝利の宣誓をし、ロシア正教会モスクワ総主教の祝福を受けるロジェストウェンスキー中将
ロジェストウェンスキー中将:「宣誓!小官と麾下の将兵は全力を持って敵と戦い、祖国と皇帝陛下に勝利をもたらすことをここに誓います。」
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ロシア正教会モスクワ総主教:「汝と麾下の将兵に神のご加護があらんことを。」
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バルチック艦隊の来寇に備え、これを撃滅するための案を模索する秋山真之(以下真之)
真之:「だめだ、いい案が思いつかない。」
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よほど思いつめたのだろうか真之は胃腸を壊して入院した。病床で思い出すのは故郷の山河、そして海か?
その時、彼の元に小笠原長生が見舞にやって来た。

真之:「あなたの家に海賊戦法の本はありませんか?」
小笠原長生:「探してみます。秋山さん、今は静養に専念してください。」
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真之の病状が回復した後、彼の元に再び小笠原長生がやって来た。
小笠原長生:「秋山さん、ありました。これが『能島流海賊古法』です。」
真之:「かたじけない。」
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『能島流海賊古法』を熟読し、バルチック艦隊を壊滅させる戦法を思いつく真之
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真之:「これだ!これならバルチック艦隊を壊滅させることができる!」
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『能島流海賊古法』をもとに立てた作戦を東郷平八郎にプレゼンする真之
真之:「『丁』の字の形に敵艦の進路を塞ぎ、全艦で先頭を行く敵旗艦に攻撃を集中して撃破し、その後一隻づつ撃破していく。これが『丁字戦法(当時はT字戦法ではなくこう呼んだ)』です。」
東郷平八郎:「わかり申した。秋山どん、この作戦は決戦当日まで他言無用に願い申す。」
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第二章 激闘

仮装巡洋艦『信濃丸』から「敵艦見ゆ」の電信を受け、バルチック艦隊が対馬海峡を直行することが判明した。
東郷平八郎の「石炭捨て方始め!」の命令を受けて石炭を捨てる水兵

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津軽海峡、宗谷海峡への回航用の石炭を捨てた連合艦隊は対馬海峡へ急行し、バルチック艦隊が見える位置に近づいた。
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『丁』の字の形に敵艦の進路を塞ぐために連合艦隊は敵艦隊の前で回頭を始めた
東郷平八郎:「取舵一杯!」
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ロジェストウェンスキー中将「トーゴーは気でも狂ったか?Стрелять!(ストリーヤーチ!:撃て! from Google translate)!」
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第一戦隊が回頭を完了した時、東郷平八郎は敵艦隊の進路を塞ぐために面舵を命じる。
真之:「長官、第一戦隊、回頭完了しました。」
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東郷平八郎:「面舵90度!」
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そして、敵艦隊との距離が6400mに近づいた瞬間
東郷平八郎:「距離は?」
水兵「6400(m)」
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東郷平八郎:「撃ち方始め!」
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連合艦隊艦船の集中砲撃を受けた敵艦隊は大打撃を受け、多数の死傷者を出した。その中にはロジェストウェンスキー中将もいた。
ロシア水兵「АБЁСЙ(アビェシ: from Google translate)」
ロジェストウェンスキー中将「ОХОУ(オホウ: from Google translate)!」
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「クニャージ・スヴォーロフ(以下「スワロフ」)」が左に舵を切ったため、追撃を命じる東郷平八郎
東郷平八郎:「取舵一杯!」
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だが、敵艦隊は「スワロフ」に追いて行かない。
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第二戦隊参謀・佐藤鉄太郎:「『スワロフ』に信号旗が揚がっていません。あれは舵の故障です。」
第二戦隊司令・上村彦ノ丞:「間違いないか?」
佐藤鉄太郎:「間違いありません。」
上村彦ノ丞:「信号旗を揚げよ!『我に続け!』」
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敵艦隊と第二戦隊以下の連合艦隊が「スワロフ」に追いて行かないことを知った東郷平八郎は「スワロフ」が航行不能であることに気付き、第一戦隊に反転を命ずる。
東郷平八郎:「左十六点一斉回頭!」
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第一戦隊と第二戦隊以下の連合艦隊に挟撃され、壊滅的な打撃を受ける敵艦隊
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ロシア水兵「ТАЖАВА(タファバ: from Google translate)!」
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次の日、5月28日、バルチック艦隊は連合艦隊に降伏した。
ロジェストウェンスキー中将は連合艦隊に保護され、捕虜となった。
ロジェストウェンスキー中将を見舞う東郷提督

ロジェストウェンスキー中将:「このような形での面会となることをお許しいただきたい。有能かつ勇敢な貴官と麾下の将兵に敗れたのであれば私も悔いはありません。」
東郷平八郎:「貴官と麾下の将兵も勇敢に戦われました。今はゆっくりご静養ください。」
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(大勝利の日 第二部に続く)


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by schoolforpatriot | 2010-05-27 00:00 | 初等科

辛勝の日、そして・・・

わしが愛国学園園長真・愛国無罪である。
皆さん、今日は何の日か知っていますか?
今日は「奉天会戦」が終結した日です。
今から105年前の明治38年(1905年)3月1日、日本軍は奉天に陣取るロシア軍との戦いを開始しました。
数日間戦いは膠着していましたが、「黒溝台会戦」で奮闘した「秋山支隊」が戦線後方に現れたことで補給路を断たれることを恐れたロシア軍が3月10日、奉天から退却し、それによって日本軍は勝利を得ました。

詳しくは
Wikipedia/奉天会戦
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%89%E5%A4%A9%E4%BC%9A%E6%88%A6
で。

日本はこの戦争で「奉天会戦」を含む数々の戦いに辛くも勝利し、アメリカに講和を仲介してもらってポーツマス講和条約を日本に有利な形で締結することによって独立を確固たる物にし、欧米列強と対等の地位を得ました

日露戦争の勝利があるからこそ今の日本の独立、繁栄があるのです。

本校/日本史上最大の危機! 黒溝台会戦開始の日

http://blog.livedoor.jp/school_for_patriot/archives/50767914.html

でも書いたとおり、

この戦いに日本が敗れれば朝鮮、満洲、モンゴル、ウイグル、華北は確実にロシア帝国の領土となり、

日本はロシアの属国になり下がっていたでしょう。

チェチェン南オセチアのように国土が絶え間ない戦火に焼かれ、人々が殺戮や暴力におびえるような国になっていたかもしれません。

それを思えば日露戦争での「奉天会戦」を含む戦いに参加し、亡くなられた英霊の方々に感謝の気持ちがわき上がってくるはずです。





日露戦争で「奉天会戦」を含む戦いに参加し、亡くなられた英霊の方々



敬礼!





また、今日は 「東京大空襲」が行われた日でもあります。

Wikipedia/東京大空襲
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%A4%A7%E7%A9%BA%E8%A5%B2




<引用開始>
東京大空襲(とうきょうだいくうしゅう、英語:Bombing of Tokyo in World War II)は、第二次世界大戦中にアメリカ軍により行われた、東京に対する焼夷弾を用いた一連の計画的かつ大規模な戦略爆撃の総称である。

東京は、1944年11月14日以降に106回の空爆を受けたが、特に1945年3月10日、4月13日、4月15日、5月25日に大規模な空襲を受けた。通常「東京大空襲」と言った場合、特に規模が大きかった1945年3月10日に行われた空襲を指すことが多い。太平洋戦争(大東亜戦争)中に行われた空襲の中でも、とりわけ民間人に被害を与えた空爆である。

(中略)

被害

警視庁の調査での被害数は以下の通り。


死亡:8万3793人
負傷者:4万918人
被災者:100万8005人
被災家屋:26万8358戸
死者数は遺体が早期に引き取られた者は含まれておらず、他に行方不明者も数万人規模で存在することから、実際にはより多い。民間団体や新聞社の調査では死亡・行方不明者は10万人以上と言われる。わずか一回の空襲で東京市街地の東半分、実に東京35区の3分の1以上の面積(約41km²)が焼失した。

<引用終了>




皆さん、 「東京大空襲」で亡くなられた約10万人の方々の冥福を祈りましょう。


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by schoolforpatriot | 2010-03-10 00:00 | 初等科

[再掲]日露戦争開戦の日

わしが愛国学園園長真・愛国無罪である。

今日は何度も当学園で取り上げてきた「奉天会戦」「日本海海戦」「二百三高地」「黒溝台会戦」が行われた「日露戦争」が始まった日です。

今から106年前の今日、明治37年(1904年)2月8日、旅順港内のロシア艦隊を日本海軍の駆逐艦が奇襲攻撃したのが日露戦争の始まりです。

ではなぜ日本は日露戦争を戦うことになったのか?

Wikipedia/日露戦争

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E9%9C%B2%E6%88%A6%E4%BA%89

<引用開始>

背景

ロシアと日本の利権争いの場となった大韓帝国

大韓帝国は冊封体制から離脱したものの、満州を勢力下においたロシアが朝鮮半島に持つ利権を手がかりに南下政策を取りつつあった。当初、日本は外交努力で衝突を避けようとしたが、ロシアは強大な軍事力を背景に日本への圧力を増していった。また日本は開戦前に「局外中立宣言」をした大韓帝国における軍事行動を可能にするため、1904年2月23日に日韓議定書を締結し、開戦後8月には第一次日韓協約を締結し、大韓帝国の財政、外交に顧問を置き条約締結に日本政府との協議をすることとした。日本政府による推薦者を加えて影響力を確保し、他国への便宜供与を制約しようとの試みである他方で閔妃によってロシアに売り払われた関税権を買い戻すなど、その影響力を増していった。一方、高宗は日本の影響力をあくまでも排除しようと試み、日露戦争中においてもロシアに密書を送るなどの外交を展開していった。


日英同盟
ロシア帝国は、不凍港を求めて南下政策を採用し、露土戦争などの勝利によってバルカン半島における大きな地歩を獲得した。ロシアの影響力の増大を警戒するドイツ帝国の宰相ビスマルクは列強の代表を集めてベルリン会議を主催し、露土戦争の講和条約であるサン・ステファノ条約の破棄とベルリン条約の締結に成功した。これによりロシアはバルカン半島での南下政策を断念し、進出の矛先を極東地域に向けることになった。

近代国家の建設を急ぐ日本では、朝鮮半島を自国の独占的な勢力下におく必要があるとの意見が大勢を占めていた。朝鮮を属国としていた清との日清戦争に勝利し、朝鮮半島への影響力を排除したものの、中国への進出を目論むロシア、フランス、ドイツからの三国干渉によって、下関条約で割譲を受けた遼東半島は清に返還された。世論においてはロシアとの戦争も辞さずという強硬な意見も出たが、当時の日本には列強諸国と戦えるだけの力は無く、政府内では伊藤博文ら戦争回避派が主流を占めた。ところがロシアは露清密約を結び、日本が手放した遼東半島の南端に位置する旅順・大連を1898年に租借し、旅順に旅順艦隊(第一太平洋艦隊)を配置するなど、満洲への進出を押し進めていった。

1900年にロシアは清で発生した義和団事変(義和団事件)の混乱収拾を名目に満州へ侵攻し、全土を占領下に置いた。ロシアは満洲の植民地化を既定事実化しようとしたが、日英米がこれに抗議しロシアは撤兵を約束した。ところがロシアは履行期限を過ぎても撤退を行わず駐留軍の増強を図った。ロシアの南下が自国の権益と衝突すると考えたイギリスは危機感を募らせ、1902年に長年墨守していた孤立政策(栄光ある孤立)を捨て、日本との同盟に踏み切った(日英同盟)。日本政府内では小村寿太郎、桂太郎、山縣有朋らの対露主戦派と、伊藤博文、井上馨ら戦争回避派との論争が続き、民間においても日露開戦を唱えた戸水寛人ら七博士の意見書(七博士建白事件)や、万朝報紙上での幸徳秋水の非戦論といった議論が発生していた。

1903年4月21日に京都にあった山縣の別荘・無鄰庵で伊藤・山縣・桂・小村による「無鄰庵会談」が開催されたが物別れに終わった。桂は後にこの会談で日露開戦の覚悟が定まったと書いているが、実際の記録類ではむしろ伊藤の慎重論が優勢であったようで、後の日露交渉に反映されることになる。


直前交渉
1903年8月からの日露交渉において、日本側は朝鮮半島を日本、満洲をロシアの支配下に置くという妥協案、いわゆる満韓交換論をロシア側へ提案した。しかし、積極的な主戦論を主張していたロシア海軍や関東州総督のエヴゲーニイ・アレクセーエフらは、朝鮮半島でも増えつつあったロシアの利権を妨害される恐れのある妥協案に興味を示さなかった。さらにニコライ2世やアレクセイ・クロパトキン陸軍大臣も主戦論に同調した。常識的に考えれば、強大なロシアが日本との戦争を恐れる理由は何も無かった
セルゲイ・ヴィッテ首相は、戦争によって負けることはないにせよロシアが疲弊することを恐れ、戦争回避論を展開したが、これは皇帝達によって退けられた。ロシアは日本側への返答として、朝鮮半島の北緯39度以北を中立地帯とし、軍事目的での利用を禁ずるという提案を行った。

日本側では、この提案では朝鮮が事実上ロシアの支配下となり、日本の独立も危機的な状況になりかねないと判断した。またシベリア鉄道が複線化されるとヨーロッパに配備されているロシア軍の極東方面への派遣が容易となるので、その前の対露開戦へと国論が傾いた。そして1904年2月6日、日本の外務大臣小村寿太郎は当時のロシアのローゼン公使を外務省に呼び、国交断絶を言い渡した。

ロシア側にとって、この通告がいかに突然であったかを知るには、ローゼン公使の対応を見てもわかる。ローゼンは戦争が起きるとは想像していなかったらしく、この国交断絶通告を受け取った際、「この通告が戦争を意味するものか」と小村寿太郎に聞いた。ニコライ2世も「わがロシア帝国と日本との戦争は有り得ない。なぜなら朕がそれを欲しないから」といい、日本は戦争を決断しないだろうと考えていたという。これに対し小村寿太郎は、「この行為は戦争を意味するものではない」と返答。(司馬遼太郎『坂の上の雲』より)この返答は、国際法上の解釈から言えば違法と言えるものではないが、この状態ではどの外交ルートもあるわけではなく、実質的には戦争開始の通告である。かくしてニコライ2世は、1904年2月10日、アレクセーエフに対し日本との戦闘行為を容認。戦争を決断した。

<引用終了>




当時の日本の首脳部はロシアが満洲、朝鮮を支配下に置けば日本が直接脅威に晒され、また、問題を先送りするとシベリア鉄道が複線化されて輸送力が倍になり、ロシア軍の極東への展開が容易になり、日本の独立が危うくなると考えてロシアとの開戦を決断しました。

日本はこの戦争での数々の戦いに辛くも勝利し、アメリカに講和を仲介してもらってポーツマス講和条約を日本に有利な形で締結することによって独立を確固たる物にし、欧米列強と対等の地位を得ました。

日露戦争の勝利があるからこそ今の日本の独立、繁栄があるのです。

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この戦いに日本が敗れれば朝鮮、満洲、モンゴル、ウイグル、華北は確実にロシア帝国の領土となり、

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それを思えば日露戦争で戦い、亡くなられた英霊の方々に感謝の気持ちがわき上がってくるはずです。


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by schoolforpatriot | 2010-02-08 00:00 | 初等科
わしが愛国学園園長真・愛国無罪である。
秋山支隊の奮闘ぶりを再現した画像とAmazonが前エントリーに入りきらなかったのでここに
「日本史上最大の危機! 黒溝台会戦開始の日 第二部」
と銘打ち、それらを掲載する。
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by schoolforpatriot | 2010-01-25 12:00 | 初等科